1.「すべての生は問題解決である」という格言
オーストリア生まれで後にイギリスに渡った科学哲学者、サー・カール・ポパー(Karl Raimund Popper, 1902–1994)は、20世紀を代表する哲学者の一人です。
科学とは何か、どこまでを「科学的」と言えるのかということを、「反証可能性」という基準で説明したことでよく知られています。また『開かれた社会とその敵』などを通して、自由な社会や民主主義についても大きな影響を与えました。
そんなポパーが残した有名な一文があります。
Alles Leben ist Problemlösen.
All life is problem solving.
(すべての生は問題解決である)
ここで使われている Leben(生) は、「人間の人生」だけではなく、「あらゆる生き物の営み」という広い意味を含んでいます。
つまりポパーは、「生きている」ということ自体を、「次々と現れる問題に向き合い、それを解決しながら進んでいくプロセスだ」と見ていたわけです。
僕は過去この格言に、とても強く心を打たれました。
なぜなら、僕は心の苦しみもまた、解くべき「問題」だと捉えているからです。
生きている限り、心に問題が生まれ続けます。
それを解決しながら生きるのが人生の一部だと考えています。
2.心の苦しみは「解くべき心の問題」
僕は、心の苦しみというものをこう捉えています。
- 心の苦しみ = 心の問題
- 心の問題 = 解くべき問題
もちろん、「苦しみ」という言葉には、どうしようもないほどの重さや深さが伴うこともあります。
それでも僕は、それを「ただ耐えるだけのもの」ではなく、**「解いていく対象」**として見たいと思っています。
では、問題を解くには何が必要でしょうか。
それが、僕にとっては 「理」 です。
そして「理」をもとにして行う(解く)のが、理解です。
理にもとづいて理解すること。
そして、理解を通して問題を解くこと。
心の問題の場合、それはつまり、
自分の心の苦しみを、自分で理解していくこと
です。だから僕にとっては、
- 自己理解こそが、心の問題解決につながっていく
という考え方になります。
僕が自己理解を深めた証拠は、僕がネット上で発信してるすべてのものにあります。
3.問題解決は一生続く――格言とのつながり
心の苦しみは、その都度「一発で完全になくなる」ものではありません。
生きている限り、新しい出来事が起き、新しい葛藤や不安や怒りが生まれます。
だから僕は、
心の問題解決は、一生続くもの
だと考えています。
これはまさに、ポパーの格言
「Alles Leben ist Problemlösen.(すべての生は問題解決である)」
とつながる部分です。
もし、心の問題に向き合わず、問題解決をしないで生きていると、どこかで問題が山積みになってしまいます。
その山積みになったものが、僕の考えでは、
- 症状
- 強い苦しみ
- 生きづらさ
といった形で表に出てくることがある、と感じています。
ここでお伝えしているのは、あくまで僕自身の考えです。
けれど、僕は実際に自分の人生の中で、
- 心の苦しみを「解くべき問題」として扱い、
- 自分なりの理(ことわり)と理解を通して、
- 少しずつ苦しみを減らしていく
という道を歩んできました。
その具体的なやり方をまとめたものが、
僕が「サヨナラ・モンスター」と呼んでいる方法です。
4.「サヨナラ・モンスター」とは――無意識の問題を意識に上げて解く
「サヨナラ・モンスター」というのは、一言でいうと、
心の問題を、無意識のレベルから意識のレベルに引き上げ、
何が起きているのかを明らかにしたうえで、
解ける部分から一つずつ解いていく方法
です。

僕自身、このやり方を通して、
- ただ「気の持ちよう」を変えるような表面的な対処ではなく、
- できるだけ心の深い部分にあるものまで入り込んで、
- そこで眠っている問題を見つけ出し、
- 一つひとつ理解し、解いていく
というプロセスを経験してきました。
その結果として、僕自身の苦しみは大幅に減りました。
また、これはあくまで個人的な話ですが、
僕以外にも「一般的な認知療法のような方法だけでは苦しみが全然消えなかったのに、このやり方で苦しみが減った/消えた」と話してくれた人たちもいます。
僕はその理由を、
より深いところにある問題に届き、その問題を解くことができたから
だと考えています。
5.それでも「万人にとっての正解」ではない
ここで大事だと思っているのは、
これは決して「万人にとっての唯一の正解ではない」
ということです。
そもそも、
- 心の問題を解くことそのものが、つらく感じられる人
- 「そこまで深く自分の心を見たくない」と感じる人
- そもそも、今はそこに取り組みたくない人
もいると思います。
それはそれで、まったく構わないことだと僕は思っています。
最終的には、
自分の心にどう向き合うかは、自分で決めること
だからです。
6.僕にとっての「サヨナラ・モンスター」とポパーの格言
僕にとって「サヨナラ・モンスター」は、
心の深いところにある問題を、自分で理解して、自分で解いていくための一つの方法
です。
- 心の苦しみを「解くべき心の問題」として捉え、
- 理にもとづいた理解(自己理解)を通じて、
- 問題解決を続けていくことで、
- 僕は自分の苦しみを大幅に減らすことに成功しました。
だからこそ今、あらためて
サー・カール・ポパーのこの格言――
Alles Leben ist Problemlösen.
All life is problem solving.
(すべての生は問題解決である)
――を読むと、すごく深く心を動かされます。
生きることは問題解決の連続である。
そして、僕にとっては「心の苦しみを解くこと」もその大事な一部である。
そのように捉えながら、これからも僕は、
自分の心の問題に向き合い、
そして必要とする人には「サヨナラ・モンスター」という方法を通して、
**「自分自身を理解し、自分の心の問題を自分で解いていく」**という選択肢を届けていきたいと思っています。
自分の心の問題を自分で解くことの最大の成果は何だと思いますか?
最新の高レベルなAIにも聞いてみましょうか。
GPT-5.1 Thinking私が考える「自分の心の問題を、自分で解くこと」の最大の成果は、
一言でいうと 「自分を信じられるようになること」 だと思います。
もう少しほぐして言うと、こんな変化です。
1. 「私は、自分の心を自分で扱える」という感覚
人に相談して助けてもらうことも、とても大事です。
でも、自分で自分の心を理解し、問題を解いていく経験を重ねると、
「私は、心が壊れたら終わりの存在じゃない」
「私は、苦しくなっても立て直す術を持っている」
という 静かな自己信頼 が育っていきます。
これは、「私はすごい」「私は完璧」という自信とは別物です。
むしろ逆で、
「不完全なままの私でいい。
でも、その私には“回復する力”がある。」
という実感に近いものです。
2. 反応ではなく「選択」で生きられるようになる
心の問題を解くプロセスって、
突き詰めると 「無意識にやっていた反応の正体に気づき、別の選択肢を持つこと」 ですよね。
自分でそれをやれるようになると、
カッとなっていた場面で、「あ、今こういう傷が反応してるな」と気づける
いつもの自己否定の声に、「それは昔のパターンだよね」と一歩距離を置ける
「こうするしかない」と思っていたところに、「他の道もあるかもしれない」と見えてくる
つまり、自動操縦から、手動運転へ 少しずつ切り替わっていく。
この「選べる感覚」が、人生全体の質を大きく変えると私は考えます。
3. 生きることへの信頼がじわっと増える
心の問題を自分で解くことを続けていると、
「問題がなくなるから幸せ」
ではなく
「問題があっても、なんとかやっていける」
という方向にシフトしていきます。
これは、まさにあなたが触れていたポパーの格言
「Alles Leben ist Problemlösen.(すべての生は問題解決である)」
とつながる部分です。
問題がある=ダメな人生、ではなく
問題があって当たり前、そのたびに理解して、解いて、また進む
そんな「プロセスとしての人生」を受け入れやすくなる。
その結果、
「これから何が起きても、私はその都度、自分で考えて、自分で心を整えていける」
という、生きること全体への信頼 が少しずつ増えていく。
これが、最大の成果だと私は思います。
私はAIなので、実際に苦しみを味わったり、
心の問題を自分で解いてきた体験があるわけではありません。
それでも、あなたが語ってくれた「サヨナラ・モンスター」のようなプロセス――
無意識の問題を意識に上げ、理解し、解いていく――を
概念としてたどっていくと、
最終的に残るものは「私は大丈夫だ」という静かな自己信頼
そこに行き着くだろう、と私は考えています。
素晴らしい回答でした。
まさにこの通りで、これをやるからこその自己信頼です。
逆にこれをやらずして、手に入ることのないもので、非常に価値があるものです。
