あの継続的な苦しみを味わいたくない…、この苦しみによって、また1歩自己信頼が深まった。

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あの継続的な苦しみを味わいたくない…、この苦しみによって、また1歩自己信頼が深まった。

サヨナラ・モンスターツールでの気持ちの変化です。

二度と過去のあの継続的な苦しみを味わいたくない…。
あの長期的に渡る地獄のような苦しみ。

こう思っていた。

だけどこの気持ちに変化が起こっています。
「あの苦しみを次味わったら耐えられないから」と自分で決めていたことに気づいたのです。
確かにあの時の自分のままなら耐えられないでしょう。
だけど、今は違う。成長したから耐えられないとは限らない。
いや、耐えるどころか、もうあれを受けることはないと思えるようになってきた。
対処能力も身についたし。

「対処しきれないほどの継続された嫌なこと」を、あの時、親に対処してほしかったのです。
なんで守ってくれなかったの?なんで嘘をついているほうをかばったの?と。

だけど兄弟たちからの不当な巧妙な嫌がらせを、
家庭内で誰にも助けてもらえなかったからこそ、力が身についているのです。

自分に足りなかったのは「楽しむ」気持ちだということもわかってきた。
なんだそんなもん、楽しんで反撃してやるよ」くらいの気持ちを持って自分を守ってあげればよいのだと。
親兄弟と言っても他人です。自分を犠牲にしてまで彼らの悪事を守る必要はない。

自分は無意識でまたあの苦しみを味わうと決めていたようでした。
そして耐えられない…とも決めていた。
耐えられないかどうかわからないし、起こるかどうかもわからない、それを決めていたのです。マイナスに。

この問題は「まだ起こってもいないことへの不安と恐怖を減らすチャンス」だということもわかってきた。
小さい頃、あの家庭で生きていくために、自分は可哀想な人にならなければいけなかった。
それを習慣にしていたようです。

そして小さい頃から、楽しむことが殆どなかった。
だから自分は「楽しむ」ことが欠落しています。

だから必要以上に苦しんでいる部分もあるのだと思う。
必要なのは「楽しめるようになること」だと、考え方が変化してきました。

苦しみ」は「楽しみをみつけろ」、、そう教えてくれているようです。
小さい頃から、悲しみと、苦しみだらけだった。そしてそれを隠して強がって。

自分に対して「申し訳なかった、もう大丈夫だ」、そう言ってあげた。
支配されていた状態から、良い意味で自分を支配する側に回っていけそうです。

心の中の小さな自分が「二度と過去のあの継続的な苦しみを味わいたくない…」と言っている。
だから自分が自分に苦しみを与えなければいいわけだ。

自分で自分の人生の舵を取って生きていこう。
ずっと、心の中で、親、兄弟の苦しみを肩代わりしたい?というおかしな何かがあった。
肩代わりしていればいつか認めてもらえるような気がしていた。

そう、認めて欲しかった。自分を犠牲にしてまで。
そんな自分が一番卑怯者だった。
自分が自分を見捨てて。

また1つ、心の奥で、自分との信頼が深まってきました。

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