悲観的に生きることに価値を見出していたことに気づいて、自分で自分を認めれるようになってきたら、悲しみオーラを出す必要がなくなってきて、寄ってくる人が変わってきたNさま(女性)!

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悲観的に生きることに価値を見出していたことに気づいて、自分で自分を認めれるようになってきたら、悲しみオーラを出す必要がなくなってきて、寄ってくる人が変わってきたNさま(女性)!

※写真はイメージです。

サヨナラ・モンスター参加者様(Nさま・女性)は、
悲観的に生きることに価値を見出していたことに気づいた」と言いました。
(許可を取って掲載しています)

悲観していると、家族以外から、
「可哀想」とか、「よくがんばってるね」、と言われることがあり、
無意識のうちに悲観的に生きることにメリットを感じていたとのこと。
そしてそれを「手放すことが出来るようになってきた」と言っていました!

どうして悲観的に生きることを手放せるようになってきたか、
まず、悲観的になりたかった理由が、
家族が気持ちをわかってくれなかったから」とのこと。

だから家族以外に気持ちをわかってほしくて、
それを外部に求めて悲壮感を出すようになったとのこと。

自分が自分の気持ちを、深く、わかってあげれるようになってきて、
自分で自分の良さや努力を認めることが出来るようになってきたことで、
「他の人にわかってほしかった悲しい気持ちや認めて欲しいこと」が減ってきたとのこと。

自分で自分の深い悲しみに時間をかけて向き合ったから、
悲しみが減ってきて自然と変化が起こり出したと言いました。
自分で自分を認めれるようになってきたとのこと(^^)

自分で自分の気持ちを大切に出来るようになってきたら、
他の人に気持ちをわかってもらいたいという強い気持ちが弱まってきて、
自然とわかってもらえることが増えてきたとのこと。

悲観的に生きて、誰かお願いわかって!!と心の中で叫んでいた時に、
「可哀想」とか、「よくがんばってるね」、と言われていたのは、
「多分、可哀想な私を見て、見下していた人たちだと思う(私も人を見下している部分もあった)」とのこと。
相手から感じるものや、時々言われる嫌な言葉がネガティブが多かったとのこと。

他の人に気持ちをわかってもらいたいという強い気持ちが弱まってきたら、
寄ってくる人が変わってきて、自然と認めてくれたり、するようになったとのこと。

そして、少しずつ、笑顔が増えてきたと喜んでいました。
悲しみオーラを出す必要がなくなってきたとのこと。

※この文章は、少し曖昧なので、もう一度N様に読んでもらって、あとで修正したいと思います。

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