「これが自分の性格だ」「これが自分の価値観だ」。
そう説明できても、その反応や価値観が、何を恐れ、何を守ろうとして身についたものなのかは、まだ分からないことがあります。
僕が今回お伝えしたいのは、自己理解を深めるうえで、「自分が何を怖がっているか」だけでなく、「恐怖の影響で、何を自分の一部として取り込んできたのか」を知ることにも、大きな意味があるということです。
自分では強さだと思っていたものが、恐怖から自分を守るための構えだった。自分の信念だと思っていたものが、恐れていた相手の基準だった。後になって、その違いが見えてくることがあります。
それを、心理学の「同一化」という考え方から、順番に見ていきましょう。
この記事の結論
同一化とは、他者の特徴や考え方などを取り込み、自分のあり方と重ねていく心の働きです。成長を支えることもあれば、脅威のある関係で自分を守るために働くこともあります。
僕がここでいう「恐怖への同一化」は、主に、恐れている相手や集団の価値観・反応を自分のもののように取り込み、その影響に気づきにくくなることを指します。
自己理解では、恐怖から身につけた反応と、今の自分が大切にしたいことを、少しずつ見分けていく。その視点から、サヨナラ・モンスターの教材も読み直せます。
同一化とは? まずは「相手のあり方を、自分の中に取り込むこと」
同一化(どういつか/identification)とは、簡単に言えば、他者の特徴や考え方を取り込み、「自分もそういう人である」という感覚や振る舞いにつなげていく心の働きです。
たとえば、子どもが親の態度や判断基準を身につけたり、思春期に仲間の振る舞いを取り入れたりすることがあります。本人が一つひとつ意識して選んでいるとは限りません。米国心理学会の心理学辞典(APA Dictionary of Psychology)でも、同一化は大部分が意識されない、あるいは明確に意識される手前の水準で働く過程として説明されています。
同一化そのものを、悪いものだと考える必要はありません。尊敬する人の誠実さを取り入れることも、自分の成長につながり得ます。
関連する言葉に、取り入れ(introjection)があります。これは、他者の態度や価値観などを、気づかないうちに自分の内側へ取り込む過程を指します。同一化と重なる面はありますが、完全に同じ意味の用語ではありません。米国心理学会の「取り入れ」の説明
今回見直したいのは、その働きが「憧れ」だけでなく、「怖い」「逆らえない」「ここから離れられない」という関係の中でも起こり得る、という点です。
「恐怖への同一化」と「攻撃者への同一化」の関係
心理学には、攻撃者への同一化(identification with the aggressor)という概念があります。
これは、自分を脅かす相手や、対抗することが難しい相手の特徴などを、気づかないうちに取り込む心の働きです。相手の攻撃性や、それ以外の特徴をまねる形で表れることがあります。精神分析では、不安や脅威から自分を守る防衛機制(つらさや葛藤に対処する、しばしば無意識の心の働き)の一つとして論じられてきました。米国心理学会の「攻撃者への同一化」の説明
「怖い相手に似るなんて、おかしい」と感じるかもしれません。でも、怖い相手と同じ側に立てば、弱い立場にいる感覚を避けられる。相手の基準を受け入れれば、衝突を減らせる。そうした意味を持つ反応として理解できる場合があります。
僕がここで「恐怖への同一化」と呼んでいるのは、主に、このように恐怖を生む相手や集団へ自分を合わせ、その価値観や反応を自分のもののように生きてしまうことです。「恐怖」という感情そのものと、文字どおり同じ存在になるという意味ではありません。
また、「恐怖への同一化」は僕の教材と説明で使っている言葉です。心理学の診断名ではなく、「攻撃者への同一化」と一対一で置き換えられる専門用語でもありません。重なる部分を確かめながら、自分の経験を理解するための言葉として使っています。
本人が気づいていないことがあるのは、この反応が必ずしも熟慮した選択ではないからです。「相手に合わせよう」と考えるより先に、相手の基準が、自分の中の当たり前になっている場合もあるのです。
離れることも、対抗することも難しい関係では、相手に合わせることが、その場を乗り切るための反応になる場合があります。そうした反応を、本人の弱さや、被害を望んだ結果として捉える必要はありません。
僕がいう潜在的な恐怖とは、自分がまだ気づけていない恐怖です。怖がっていると自覚する代わりに、強く振る舞ったり、相手の基準を当然のものとして生きたりすることがあり得る。「今は怖いと感じていない」ことだけで、恐怖の影響がないとは言い切れない、と僕は考えています。
強い集団に入ったことで、「強い自分」になったように感じる例
一つ、昔の暴走族をイメージした例で考えてみます。ここでは、暴力団の後ろ盾を持つ集団に、若者が入る場面を想定します。特定の地域や時代の実態を一括して説明する例ではありません。
集団の名前を背負うことで、「自分は強い側にいる」「もう弱い立場ではない」と感じる。けれど、集団の中には暴力や威圧があり、逆らうことにも大きな代償がある。そんな状況です。
そこで、本当は恐れている相手の話し方、振る舞い、物事の判断基準を取り込み、同じように人を威圧するようになることがあるかもしれません。
「弱さを見せるな」「逆らう相手には力で分からせろ」。その基準に合わせているうちに、本人も「これが自分の信念だ」と感じるようになる。
このときに考えたいのは、強さを感じることと、恐怖から自由になっていることが、同じではないという点です。恐怖を生む側の価値観を身につけることで、怖がっている自分に気づきにくくなる場合もある。僕が伝えたいのは、その可能性です。
危険のある場所で恐怖を感じることは、自分を守るために必要な反応になり得ます。「怖くない自分」を作ることだけが、健全な強さとは限りません。
一方で、話し方や雰囲気が似ているだけで、「この人は攻撃者への同一化をしている」と判断することはできません。憧れ、仲間からの学習、集団の規範に合わせることなど、別の説明もあります。顔つきや外見から、心の仕組みを判定することもできません。
この例は、誰かに心理的なラベルを貼るためではなく、「自分が強さだと思っているものは、何を守るために必要だったのだろう」と問い直すためのものです。
研究では何が分かっているのか
攻撃者への同一化は、理論上の説明だけでなく、質問紙を用いた研究の対象にもなっています。
2021年、ヤエル・ラハヴ(Yael Lahav/イスラエルの臨床心理学者・トラウマ研究者。現在はテルアビブ大学准教授)は、親密なパートナーからの暴力を経験した女性297人を対象に、オンライン調査を報告しました。研究当時の所属は、同大学医学部の作業療法学科です。論文の書誌情報、研究者本人の経歴
この調査では、攻撃者への同一化の質問紙得点が、トラウマ関連の苦痛や抑うつ症状と関連していました。現在暴力を受けていると答えた女性と、過去の経験だと答えた女性の間で、同一化の水準に差は見つかりませんでした。テルアビブ大学の論文概要
ただし、これは参加者の自己報告による横断調査です。同じ人の変化を追跡した研究ではなく、同一化が症状を引き起こしたという因果関係や、無意識の過程そのものを直接観察したわけではありません。暴走族や、一般の人の自己理解を調べた研究でもありません。
僕はこの研究を、「相手に合わせて身についた反応は、その場を離れれば自動的にすべて終わるとは限らない」という問題を考える手がかりとして受け止めています。ここから先の自己理解へのつなぎ方は、僕の解釈です。また、この研究はサヨナラ・モンスター自体の効果を検証したものではありません。
「相手の価値観を取り込むこと」と「考えを自分そのものだと思うこと」
もう一つ、分けておきたいことがあります。
恐れていた相手の基準を取り込むことと、その基準から生まれた考えを「自分そのもの」「疑う余地のない事実」と感じることは、関連していても同じ過程ではありません。
たとえば、相手から取り込んだ「弱音を吐く人には価値がない」という基準が、いつの間にか「私は、弱音を吐いてはいけない人間だ」という自己説明になっている場合です。
アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT/難しい感情や考えとの関わり方を見直し、大切にしたい価値に沿う行動を支える心理療法)では、考えを文字どおりの現実として受け取り、それに行動が強く支配される過程を、認知的フュージョン(cognitive fusion/思考との癒着)と呼びます。考えとの距離を取り、考えとして扱えるようにする過程は、脱フュージョン(cognitive defusion)と呼ばれます。文脈的行動科学学会(ACBS)のACT解説
これは攻撃者への同一化とは別の説明の枠組みです。「誰の基準を取り込んだのか」と「その基準に今、どう縛られているのか」を分けて考えることで、見直す場所が具体的になります。
怖いという気持ちがある。その気持ちから、「従うしかない」「自分には選べない」という考えが浮かぶ。そこで、その考えが今の状況をどこまで表しているのか、自分は何を大切にしたいのかを、少しずつ確かめる余地が生まれます。
なお、恐怖を完全に消すことを、行動の条件にする必要はありません。ACTでも、難しい内的経験をなくすことだけを目標にせず、価値に沿う行動を選べる心理的柔軟性を重視します。現実に危険がある場合には、距離を取る、助けを求めるなど、安全を守る行動が先です。
自己理解では、行動の奥にある恐怖と、大切にしたいことを分けてみる
自己理解は、「私はこういう人です」という説明を増やすだけでは、深まらないことがあります。
たとえば、相手の頼みを引き受けるという、同じ行動を考えてみてください。
- 「断ったら嫌われる。見捨てられたくない」と思い、自分の限界を越えて引き受ける。
- 「この人を助けたい」と思い、自分にできる範囲を確かめて引き受ける。
外からは同じ親切に見えても、その行動が自分にとって持つ意味は異なります。実際には、恐怖と相手を大切にしたい気持ちが、両方混ざっていることもあるでしょう。
ここで必要なのは、どちらか一方を「偽物の自分」として切り捨てることではありません。「何を恐れていたのか」「何を守ろうとしたのか」「今は何を大切にしたいのか」を、分けて見られることです。
恐怖に合わせて身につけた反応にも、そのときの自分を守ろうとした意味があったかもしれません。それに気づくことは、過去の自分を責める作業ではなく、現在の選択を見直す手がかりになります。
専門的な視点でも、「どんな行動か」という形だけでなく、「どんな状況で、何を避け、何を守るために働いているのか」を見ることが重要です。立派に聞こえる自己説明が、恐怖に触れないための説明として働いている場合もある。これは、僕が自己理解で大切にしている視点です。
まずは、今の出来事を一行だけ書いてもいい
最初から、過去の深いところまで掘り下げる必要はありません。負担の少ない、現在の小さな出来事からでも始められます。
たとえば、こんな記録です。
頼まれごとに、すぐ「はい」と答えた。断ると不機嫌になられそうで怖かった。本当は、予定を確認してから返事をしたかった。
この一行には、起きたこと、恐れていたこと、大切にしたかったことが入っています。「不機嫌になられそう」は予測であり、実際に相手がそうしたという事実とは分けてあります。
そのうえで、無理がなければ、次のことを考えてみてください。
- そのとき、何が起こるのを恐れていたのか。
- その反応は、自分の何を守ろうとしていたのか。
- 今の自分が大切にしたいことに近づく、小さな選択は何か。
「予定を確認してから返事をします」と、一度保留する。それくらいの選択でも、自分の気持ちを確かめる余地になります。実際に相手が危険な反応をする可能性があるなら、一人で試す必要はありません。
すぐに答えが出なくても構いません。書かずに休む、今日は保留する、信頼できる人や専門家と整理することも選べます。思い出せない出来事を無理に探し出したり、浮かんだイメージを過去の事実だと決めたりする必要もありません。
「自分はこういう人だから」で終わっていた場面に、一つ問いが生まれる。その小さな違いにも、自己理解を進める意味があると僕は考えています。
購入者の方へ――「モンスターの正体」の図を、もう一度見てください
サヨナラ・モンスターを購入された方は、教材本編PDFの1.2「モンスターの正体」にある図を、もう一度見てみてください。
図は、確認した版では印刷ページ35、PDFの表示では36ページにあります。その次の印刷ページ36には、図の内容を説明する文章があります。
あの図は、最初に見ると、とても簡単なものに見えるかもしれません。けれど、「ダメ・同一化した恐怖」という部分を、今回の話とつなげて読んでみてほしいのです。
「弱さを見せてはダメ」「離れてはダメ」「自分の気持ちを優先してはダメ」。そんな基準の中に、恐れていた相手から取り込んだものはないだろうか。その基準に従っていることで、気づきにくくなっている感情はないだろうか。
そうした問いを持つと、図にある恐怖と、感情、信念、目的などのつながりが、自分の経験を考える地図として見えてくる場合があります。あの図を作った僕の意図も、そこにあります。
僕が「モンスター」と例えているのは、自分ではまだよく気づいていない、心の情報のまとまりです。心の中に実在する生き物や、一つの病名を指しているわけではありません。
「サヨナラする」という言葉には、そのまとまりに気づき、意味づけや反応を見直すことも、そこから学んで成長し、一つの問題との関わり方を変えていくことも含めています。
だから僕は、「モンスター」を心の問題集として捉えることもできると書いています。一つの問題を理解し、以前とは違う選択ができるようになった。その意味で、一つの問題に区切りがつくこともあるでしょう。自分の一部を敵として消し去ることではなく、自分が学び直していくための捉え方です。
あの簡単な手順を、今回の視点から読み直す
教材本編の1.3「知らないから怖い(恐怖を消す簡単な3ステップ)」も、併せて読み直してみてください。3ステップの一覧は、確認した版では印刷ページ65、PDF表示66ページにあります。
僕がそこで伝えているのは、恐れていることを言葉にし、信頼できる情報を調べ、整理しながら理解を深めていくという、シンプルな方向性です。
今回の記事を読んだうえで戻ってみると、「自分が何を恐れ、その恐怖からどんな判断基準を身につけたのかを知るためにも、あの作業が大切なのか」と、意味が違って見えるかもしれません。
さらに、19.4「恐怖に同一化すると、自分の感情がわからなくなる」(印刷ページ292〜293、PDF表示293〜294ページ)では、僕自身の経験を通して、恐怖対象の考えを自分のもののように取り込んでいたことを説明しています。今回の話と、直接つながる箇所です。お持ちの版でページが違う場合は、目次の章名から確認してください。
理解が進み、過剰な恐怖や、恐怖から作った決めつけが和らぐと、それまで見えなかった自分の気持ちや選択肢を確かめやすくなることがあります。僕は、恐怖を知ることと自己理解を深めることは、そのように行き来する関係にあると考えています。
ただ、恐怖には、知らないことへの不安だけでなく、現実の危険や、繰り返し身についた反応が関わる場合もあります。「十分に調べれば必ず消える」「消えないのは努力が足りない」という意味には受け取らないでください。理解を深める作業は、自分を追い込むためではなく、選べることを増やすために使ってほしいのです。
教材の手順は、僕の経験と実践から組み立てたセルフヘルプの提案です。今回紹介した心理学の概念や関連研究は、それを考える助けになりますが、本教材による恐怖の低減や自己理解の改善を保証する証拠ではありません。つらさが強まる場合は中断し、日常生活に支障が続く場合は専門的な支援と一緒に進めてください。
自分の人生を、選び直すために
僕自身、恐怖の影響に気づき、自分の感情や考え方を見直してきました。その過程で、以前は「これが自分だ」と思っていたものを、後から違う意味で理解できるようになった経験があります。
自分が書いてきた教材や、伝えてきたことを今あらためて振り返っても、恐怖が心の問題に深く関係している場合があることを、実感しています。これは僕自身の経験からの言葉であり、すべての人の問題を恐怖だけで説明するという意味ではありません。
僕がいう「本当の自分を取り戻す」とは、他者の影響を一切受けない、固定された本質を発見することではありません。何を恐れているのかに気づきながら、自分の気持ちを受け取り、大切にしたいことを自分で選び直せるようになることです。
他者から学んだ価値観でも、今の自分が確かめて大切にしたいと思うなら、自分の生き方として選び直せます。恐怖の影響に気づくことは、自分の歴史をすべて否定することではありません。
自己理解は、自分の説明を増やすだけではなく、恐れから身につけた反応と、大切にしたいことから選ぶ行動を、静かに分けていくことでもある。僕は、そう考えています。
その境界は、最初からはっきり見えなくてもいいのです。恐怖を深く知ること、その恐怖に合わせていた自分を理解すること、そして、今の自分が取り戻していきたいものを確かめること。それも、自己理解の大切な道筋になります。
そうした経験を心理的な成長や変容として重ねたとき、今回僕がお伝えした話も、「なるほど、そういうことだったのか」と、言葉を知るだけのときとは違う深さで分かるようになることがあると思います。
参考文献・確認できる資料
- 米国心理学会(APA).「同一化」心理学辞典.Identification
- 米国心理学会(APA).「取り入れ」心理学辞典.Introjection
- 米国心理学会(APA).「攻撃者への同一化」心理学辞典.Identification with the aggressor
- ラハヴ,Y.(2021).「痛みを伴う結びつき:親密なパートナーからの暴力を経験した人における、攻撃者への同一化と苦痛」(論文名の説明訳).精神医学研究誌(Journal of Psychiatric Research),144,26–31.PubMedの論文情報、大学の論文概要、DOI
- ラハヴ研究室.「研究室代表の経歴」.資格・現在の役職の確認資料.Head of Lab
- 文脈的行動科学学会(ACBS).「ACTについて」.認知的フュージョン、脱フュージョン、価値、心理的柔軟性についての専門学会の解説.About ACT
- 菅原隆志.『サヨナラ・モンスター』教材本編PDF.1.2「モンスターの正体」、1.3「知らないから怖い(恐怖を消す簡単な3ステップ)」、19.4「恐怖に同一化すると、自分の感情がわからなくなる」.購入者の方はお手元の教材をご確認ください。記事中のページは確認した全414ページの版に基づき、紙面に印字された番号とPDF表示番号を分けて記載しています。
- 1. 米国心理学会の心理学辞典(APA Dictionary of Psychology) https://dictionary.apa.org/identification
- 2. 米国心理学会の「取り入れ」の説明 https://dictionary.apa.org/introjection
- 3. 米国心理学会の「攻撃者への同一化」の説明 https://dictionary.apa.org/identification-with-the-aggressor
- 4. 論文の書誌情報 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34592508/
- 5. 研究者本人の経歴 https://www.yael-lahav-lab.com/head-of-lab
- 6. テルアビブ大学の論文概要 https://cris.tau.ac.il/en/publications/painful-bonds-identification-with-the-aggressor-and-distress-amon/
- 7. 文脈的行動科学学会(ACBS)のACT解説 https://contextualscience.org/about_act
- 8. DOI https://doi.org/10.1016/j.jpsychires.2021.09.046

コメント